25日間西チベット一周・チャンタン高原とカイラス巡礼

2015年9月26日から10月20日までラサから北回りでアリまで、帰りは南回りでラサまで旅した記録です

普蘭からサガ、さよならカイラス


今日は少し早く8時集合、暗いなか食事して出発。サガまで550キロ近く走る。

こんな暗い朝に食事する所があるのか、と思うがちゃんと一軒開いていた。中国は朝早くても食堂は町で一軒必ず開いているし、タクシーも20分ほど立っているとかならず流しているタクシーが通る。

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また二つの湖の間の道を行く。10時前、朝の光の中きれいに写真が撮れる、中国の写真愛好家グループが高いカメラを持って一生懸命撮影している、交換レンズがいっぱい。爆撮と名づけよう。

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今日のほうがカイラスの遠景が美しい。

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f:id:mu2ro:20160226011350j:plain街道に出て東へ、だんだんカイラスが遠ざかる。峠でもないのにタルチョが飾られていた。たぶんここがラサ方面から来た人には最初にカイラスの姿が見られる所。逆に巡礼を終えた人には最後に望める所なのだろう。

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さよならカイラス

 

ラサからカイラスへのツアーをする人にとってはこの辺りの風景はまさしくチベットとうつるかもしれない。冬を迎える前の枯れた大地、遠く見える同じように茶色い土がむき出しの小高い丘の連なり、そしてその遠くに見える雪を冠った峰々、そして遊牧民、たまに現れる野生動物。

 
しかしチャンタン高原の風景をたっぷり見てきた後では、私たちには自然の量が少ないというか少 し物足りなく映る。
 

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夏になるとこの大地はどうなるのだろう、みどりでおおわれるのだろうか、山はどうなるのだろう、遊牧民が多いから全面みどり色だろうか、想像できない。

 

 

何年か前にカイラスについてのある旅行社主催の講演会があった、二人の講演者は話を終え、でも今は道を整備している最中、もうすぐ舗装が完備されカイラスまでたやすく行けるようになるでしょうと語り、少しさみしそうな表情を浮かべた。

チベットの大自然を楽しもうと旅行している私達には近代化は悲しく映る、しかし、野菜がほとんどとれないチベットチャンタン高原でもけっこう豊富に野菜があった。

チベタンにとっては近代化はやはりうれしいのだろう、普通に暮らす若者達にとっては都会と同じおしゃれもできるし、当然いろいろ便利だ。

懐かしい風景をとるか、そこに住む人々の便利さをとるか、自然を求めて旅行する者にとってこれは世界共通の悩みだろう。

しかしひとつわかったことがある、きれいで乗り心地のいい道を、車に乗りボーッと景色を見ていると細かい所に気づかずスーッと通り過ぎてしまう危険がある。

工事中のガタガタ道はつらいが、ある程度整備された砂利道の方が景色を楽しめる。ある意味景色と自分を一体化できるというか……。

なにが言いたいかというと、そうゆう意味で通り過ぎたこの道プランからサガは退屈だったのだ、私には特に。

 

 

しかし、旅行後Tさんからもらったメールにはこんなことが書かれてあった。

『今回、私はカイラスからの帰途、慧海が危うく命を落としかけたという「チェマ・ユンズンギチュ」という川が、どんな川なのか見てみたいと思っていました。私はてっきりマユムラ峠からの帰途、車がこの川に掛けられた橋を渡るのではないかと思っていましたが、われわれの車は、その川が本流(馬泉河=マブチャ・ツアンプ、慧海は「マブチ ャ・カンバブ」と書いている)と合流した後の馬泉大橋という橋を渡ったので、「チェマ・ユンズンギチュ」はもう通り過ぎてしまったことを知り、いささかがっかりしました。』

そうか、慧海さんはネパールザムタンあたりからヒマラヤ山脈を越えこの道を通ってカイラスに向い、再びこの道をラサまで行ったのだ。それを楽しみにしてTさんはこのあたりの風景を眺めていたのか。

ずいぶん前に夢中で読んだ河口慧海さんのチベット旅行記。もうすっかり忘れてしまっていた。私も旅行前にこの本を読みかえしておくのだった。そうすればこの道をもっと楽しめたのに。

 

Tさんの言う「チェマ・ユンズンギチュ」という川は慧海さんの本には書いてあるが、他の地図で探してみてもよくわからなかった。もう少しいろいろわかるチベットの地図がほしい、日本語の。

 
川で溺れかけた後、慧海さんはもう一つ災難に遭う。広い草原で羊とともに疲れはて寒さをしのぐ場所もなく、草原の真ん中で死を覚悟してねむってしまうのだ。

私はこのシーンの方が頭に残っている。その場に慧海さんは座り込み遠くを見つめる、見渡すかぎり全面静かに雪がふり続いている。そしてその美しさに慧海さんは死を忘れ見入ってしまう。

チベットの草原に静かに降りしきる雪、慧海さんは他の場所でも何度か感嘆している。
 
それを私も見たい!

雪なら日本の方が上だ、しかしどこまでも続く平原は日本にはない。そんな所に座り込みいつまでも雪を見ていたい、そしてそのまま死んでしまいたい……。などと少女のような夢をえがく。しかし今どきそんなことを考える少女がいるだろうか。

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チベットの雪を見るツアーというのをどこかの旅行社が企画してくれないだろうか、シガツェあたりに宿をとって。
 
 

道はまだまだ続く。

f:id:mu2ro:20160226235154j:plainマユム峠、5216m。ここがチベットの東西に流れ出る川の分水嶺かと思ったが違った。ポッコリ突き出た山にすぎない。最大の川ヤル・ツァンポ(川)はここの西南のあたりから馬泉河として流れ出している。やはりカイラス付近がすべての川の分水嶺なのだ。

 

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小さな町がいくつかあった、そんな町のひとつで食事、名前は忘れた。その町のトイレ、上って用をたす。高いから気分はいい、きたなくもなかったし。

 

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砂漠があった、減りもしなければ増えもしないみたいだ、環境破壊のせいでないとするとなぜなんだろう、昔からあるらしい。

 

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シガツェまで遊牧民はたくさんいる。

 

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少し山が高くなり雪を薄く冠っていた。

 

そうこうしてサガに着いた、ここはネパールからカイラスに行くツアーの中継地だ。思ったより小さくチベットの普通の町だった。

 

おまけ1  カン・リンポチェ

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旅行後ネットで見つけた上空から撮ったカイラスだ。内側はこんなふうになっていたのだ。

北壁を見た人が感激して近くで見たいと思い山を登ったがどこまで行っても見えなかったという話を聞いた。これでは無理そうだ。火山が爆発してできたんだろうか、巡礼路はどの辺なんだろう。

 

しかし少しぶきみだ、というか自然の大きさに少したじろぐ。

 

カイラスにはチベット語で、カン・リンポチェ/雪の高僧という美しい名前がある。カイラスと呼ぶととんがった孤高の峰を連想する、それに言いやすい。しかしこの写真を見ると、年をとっても悩み瞑想にふける孤独な高僧に見える。

 

やっぱりカン・リンポチェだ!